9 子罕第九 27
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☆ 子罕第九 二十七章
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子曰 衣敝縕袍 與衣狐貉者立而不恥者 其由也與
不忮不求 何用不臧 子路終身誦之
子曰 是道也 何足以臧
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子(し)曰(いは)く、敝(やぶ)れたる縕袍(をんばう)を衣(き)、狐貉(こかく)を衣たる者(もの)と立(た)ちて、恥(は)ぢざる者は、其(そ)れ由(いう)なるか。
忮(そこな)はず求(もと)めず、何(なに)を用(もっ)てか臧(よ)からざらんと。子路(しろ)終身(しゅうしん)之(これ)を誦(しょう)す。
子曰く、是(これ)道(みち)なり、何(なん)ぞ以(もっ)て臧(よ)しとするに足(た)らん。
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☆ 意訳 (心理屋の勝手解釈)
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先生が言われました。
「破れたおんぼろの安物(やすもん)の褞袍(どてら)を着ていて、高価な狐や狢(むじな)の毛皮の防寒着を上品に着こなしている人と並び立って、気後(きおく)れして恥じ入ることなく堂々と対等におれる、といったら、そうだね、それは由(ゆう)ちゃん(子路)だろうね。」
「『詩経』に、「不忮不求(ふしふきゅう)、忮(そこな)はず求(もと)めず、何(なに)をもってか善からざらん」他人(ひと)の身も心も傷つけることなく、他人を押しのけて貪り取る、というようなこともしなかったなら、どうしてそれが善いことであると言えない、なんてことがありましょうか、とありますね。これはとても大切なことです。」
そう教わった子路は、その言葉がとても気に入って、そののちずっとその歌ばかり歌い続けていました。
それを聴いて、先生が言われました。
「由ちゃんや、忮(そこな)わず求めず、というのは、徳の道ですよ。道は一歩一歩歩(あゆ)み続けるものであって、決して止まりません。道は憩いの広場ではありません。満足して憩えば、もうそれは道ではないのです。詩経の言葉を借りて言うならば、何(なん)ぞ以(もっ)て臧(よ)しとするに足(た)らん、ということです。道には、もう充分、満足ということは決してないのです。」
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☆ 補足の独言
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このお話は、後世の人が、子路伝説に基づいて、いかにも伝説の子路そのまゝ、と思わせられる子路像をでっち上げたものと思われます。
子路が粗野であったのは、孔子に出会うまでのことです。孔子に心酔し感化されてからは、礼儀を必死に身に着けてきたはずです。
また孔子は弟子の教育に「六芸(りくげい)」を重んじた、と言われていますが、この六芸には戦車の操縦と弓の技術といった戦争のための訓練が含まれています。孔子は文武両道だったのです。子路は弟子の中でも、特に政治と軍事に優れていたとして著名です。後世の、頭でっかちの儒者が、自分の屁っ放り腰を正当化するために、武勇に優れた子路を、武勇だけの単純馬鹿と決めつけて虚仮(こけ)にした伝説を作り上げたのでしょう。
子路は偉大な軍師でもあります。一寸(ちょっと)大袈裟に言いますと、孫子や韓信、太公望や諸葛孔明とも比肩できるのではないか、と思っています。褒められたらえゝ気になって成長への努力を怠る、というような性根玉(しょうねだま)のない人物ではありません。馬鹿にするのもえゝ加減にせえ、と腹を立てる心の狭い私(わたくし)でありました。
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☆ 参考資料
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『雄雉(ゆうち)』
詩経 国風 邶風(はいふう) 三十三番
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雄雉于飛 泄泄其羽 我之懷矣 自詒伊阻
雄雉于飛 下上其音 展矣君子 實勞我心
瞻彼日月 悠悠我思 道之云遠 曷云能來
百爾君子 不知德行 不忮不求 何用不臧
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美しい雉が飛んで行く。羽ばたき鳴いて。
私の心は深く沈んで、本当にもう疲れました。
世の男たちは真実の思いやりを知らないのですか。
貴方の心を傷つけず、私の我儘はしっかり抑えてやってきました。
どうしてそれが善くなかった、などと言えるのですか。[略訳]
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誠実に尽くしてきた女の人が、不実な夫に、それでもなお誠意を尽くして生きていく苦しみ、悲しみを歌った歌のように思われます。
最後の四節目は、世の男どもは人の情けを知らないのか、それでも私は、傷つけず貪らない、という、善い生き方を通していきます、といったような意味と思います。子路の行動とは全く無関係なのではないでしょうか。孔子がこのような詩の内容に無理解な結びつけをして人を褒める、なんてことはあり得ないでしょう。