9 子罕第九 13 のバックアップ(No.1)


☆ 子罕第九 十三章

 

 子貢曰 有美玉於斯 韞匵而藏諸 求善賈而沽諸 子曰 沽之哉 沽之哉 我待賈者也

 

 子貢(しこう)曰(いは)く、斯(ここ)に美玉(びぎょく)有(あ)り。匵(とく)に韞(をさ)めて諸(これ)を蔵(ざう)せんか。善賈(ぜんこ)を求(もと)めて諸(これ)を沽(う)らんか。子(し)曰く、之(これ)を沽(う)らんかな、之を沽らんかな。我(われ)は賈(こ)を待(ま)つ者(もの)なり。

 

 ☆ 意訳 (心理屋の勝手解釈)

 

 先生は魯の国を出奔(しゅっぽん)してから、もう何年も、若しかしたら十年以上も仕官の道から遠ざかっていました。そのことを心配した弟子の子貢(しこう)は、先生の所に行って謎掛けの形で質問をしました。

 「先生のご意見をお伺いしたいのですが。こゝに、本当に美しくて貴重な宝石があるとします。」

 先生は「ははー、あのことだな」と直ぐに察しましたが、黙って聴いていました。子貢は話を続けます。

 「これを如何(どう)したら善いものか、ということなのですが・・・。世にも貴重なものですから、傷つかないように丁寧に包(くる)んで立派な箱に納めて、誰にも見つからない安全なところに終(しま)い込んでおく可きでしょうか。それとも善い買い手を見つけて売る可きでしょうか。先生なら如何されますか。」

 「いやぁ参った参った」と先生は笑いながら、子貢に言いました。

 「勿論売りますよ。売る可きですよ。役に立つ善いものを独り占めして終い込むなど、礼に反する最たるものですからね。賜(し)ぃちゃん(子貢)、心配かけて済まないね。ちゃんと売る心算(つもり)でいるから大丈夫ですよ。しかし私は、自分からは売込みには行きませんよ。私のことを能く解って世の中の役に立つように使ってくれる名君や名宰相(さいしょう)が私を呼んでくれるのを待っているのです。「我は待つ者なり」なーんちゃってね。カッコイーでしょう。まぁ冗談はさて置いて、賜ぃちゃんの性格からしたら歯痒(はがい)ったらしいでしょうが、この待つということも大事なことですね。」

 

 ☆ 補足の独言

 

 ・ 「我待賈者也(われはこをまつものなり)」と言うが、孔子の経歴を覧(み)ると、積極的に売り込んでいる匂いが強く感じられます。恐らく孔子は、消極的なことが礼である、とは考えていなかった、と思います。謙虚であることと消極的であることは全く違いますから。積極的な就職活動は、世の中を良くしたい、という前向きな願いの強い表れで、決して礼に悖(もと)るものではありません。消極的なことが謙虚な善いことだ、と誤解した弟子か儒者が、勝手に想像して書いたことかも知れないな、なんて思っています。

 

 ・ 本物の「玉(ぎょく)」を見たことのない私には、玉の美しさが解らないので、「美玉」は、私にも想像できる「宝石」と訳してみました。多分当時の世間では、玉は宝石より遥かに価値が高かったのではないか、と思っています。