8 泰伯第八 20 のバックアップ(No.2)


☆ 泰伯第八 二十章

 

 舜有臣五人而天下治 武王曰 予有亂臣十人

 孔子曰 才難 不其然乎 唐虞之際 於斯爲盛 有婦人焉 九人而已

 三分天下有其二 以服事殷 周之德 其可謂至德也已矣

 

 舜(しゅん)、臣(しん)五人(ごにん)有(あ)りて、天下(てんか)治(をさ)まる。武王(ぶおう)曰(いは)く、予(われ)に乱臣(らんしん)十人(じふにん)有りと。

 孔子(こうし)曰く、才(さい)難(かた)しと。其(そ)れ然(しか)らずや。唐虞(たうぐ)の際(さい)は、斯(こゝ)に於(お)いて盛(さか)んと為(な)す。婦人(ふじん)有り。九人(くにん)のみ。

 天下(てんか)を三分(さんぶん)して其(そ)の二(に)を有(たも)ち、以(も)って殷(いん)に服事(ふくじ)す。周(しう)の徳(とく)は、其れ至徳(しとく)と謂(い)ふ可(べ)きのみ。

 

☆ 意訳 (心理屋の勝手解釈)

 先生が言われました。

 我が国最初の王さんである堯帝(ぎょうてい)から政治を委ねられた舜帝(しゅんてい)には、禹(う)を筆頭とする五人の優れた臣下がいて、天下を美事に治めていました。また、周の開祖である武王はこのように言っています。私には私を助けて国政を補佐してくれる優秀な臣下が十人いる、と。

 そのことについて先生が言われました。

 しかしその内の一人は女の人なので、男は九人だけです。舜帝は五人、武王は九人、と優秀な人材は一桁(ひとけた)しかいません。何と人材を得ることの難しきことよ。そうは思いませんか。舜禹の時代以降で、この武王の九人というのが最大なのですから。

 また先生はこんなことも言われました。

 武王の父文王(ぶんのう)は、本当に偉大な方ですね。殷の天下でありながら、文王はその人徳によって、天下の三分の二を味方にしていました。戦えば必ず殷に勝てる勢力だったのに、それをしなくて、礼に反しないように、殷に臣下として仕えていたのです。このような立派な行いはまたとない徳の極みと言ってよいものでしょう。

 

☆ 補足の独言

 この章も、斯くまで孔子を理解せずに創作できるものか、と驚いてしまう内容です。しかしそれが書物になると、権威に変身するようです。何も調べず考えず、論語に書いてあるから、権威だから頭から信じる、という日本人の感覚もそれに負けず劣らず不思議な現象です。NHKが言ってたから、新聞に書いてあったから、有名人が言ってたから、という根拠で以て信じる、ということは、考えるということをしていない、ということなのではないでしょうか。少しでも権威に惑わされずに、自分で考えるということをやっていけたら、と思います。

 ✬ 国作りは、独りの力でできるものではありません。日本の神話でも、先づ人類の住める土台作りが行われますが、それは伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)が力を合わせて初めてできたことです。次いで愈々(いよいよ)大国主命(おゝくにぬしのみこと)の国作りが為されます。この事業には、少彦名命(すくなびこなのみこと)という神さんが協力してくれて初めて成ったものです。会社の場合は、社長が一人いて、その下で専務、上務、部長といった重役達が采配を振るっています。が、小さな会社ですと、社長独りが頑張って采配を振るわなければなりません。そのとき、部下の中に「右腕(みぎうで)」と呼ばれる人がいるかいないかが、会社の命運を決する、と言って良いのではないでしょうか。右腕が五人も九人十人もいる、ということは、物凄いことではないでしょうか。決して「才難(さいかた)し」とは言えないと思いますし、孔子がそんなことを言うなどとは考えられません。また、孔子には顔回(がんかい)子路(しろ)子貢(しこう)という右腕が三人もいた、と言えるでしょう。こんな得難い才が三人もいたのです。孔子が如何に優れていると言っても、優れているからこそ助けてくれた、この三人の助けがなかったら、歴史に残る孔子の姿はなかったのではないでしょうか。堯舜の神話も、このような人間の在り方の真実に基づいて作られた話であろうと思います。堯は舜に助けられ、舜は禹に助けられたからこそ、巍巍乎(ぎぎこ)たる働きができたのだ、と。(巍巍乎:泰伯第八、十八章、十九章参照)

 若しも孔子がこのようなことを言ったとしたならば、以下のようなことになるのではないでしょうか。

 「舜帝には五人もの協力者がいて、武王には何と十人もの協力者がいたのです。その御陰で彼等は素晴らしい社会を作り上げてきました。人材は得難いと言いますが、何の何の、世に必要な人材は、天が必ず出会わせてくれるものです。私にも顔回、子路、子貢という得難い人材が現れて助けてくれています。」

 ✬ 乱(亂)という字は元々偏(へん)の部分だけで「舌(らん)」と読み、「糸が縺(もつ)れる、乱れる」という意味を表し、それに篦(へら)が旁(つくり)として入って「縺れを溶き解(ほぐ)す、乱れを糺(たゞ)す」という意味を表したのだそうです。ところが「舌(らん)」も「乱(らん)」も共に「らん」と発音するので、この正反対の意味を持つ二つの文字が混同されて使われるようになったのだそうです。こゝでは当然「乱れを糺す」という本来の意味で解釈しないと理解できないところです。(「泰伯第八、十五章」参照)

 ✬ 「婦人(ふじん)有り。九人(くにん)のみ。」これも孔子が言った言葉とは言い難い、と思います。劣等感も優越感も持たず、自分の実力を冷静に認めることができている人は、他者の長所を素直に認めることができます。また、戦乱などで世の中が乱れると、女性差別が酷(ひど)くなるようです。戦乱の世では腕力が一番の弱肉強食の価値観に支配されてしまいます。そのような世界のなかでは、味方の中でも弱い者は強い者に虐げられて、劣等感を持たざるを得なくなってしまいます。この劣等感を解消するためには、自分より弱い者を探して威張るのが一番手っ取り早い方法です。腕力で劣る女の人に対して「俺の方が強いぞ」と威張るなんて、惨(みじ)めも極まりますね。この章の作者のコンプレックスが伺えます。孔子は弱者を軽蔑するような劣等感は持ち合わせていません。武王も、だから女の人を対等に扱って十人と言ったのでしょう。