1 学而第一 8

Last-modified: Tue, 08 Jun 2021 10:16:09 JST (1060d)
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☆ 学而 第一 八章

 

 子曰 君子不重則不威 學則不固 主忠信 無友不如己者 過則勿憚改

 

 子曰く。君子重(おも)からざれば則(すなは)ち威(い)あらず。学べば則ち固(こ)ならず。忠信を主とせよ。己(おのれ)に如(し)かざる者を友とすること無かれ。過(あやま)ちては則ち改(あらた)むるに憚(はばか)ること勿(な)かれ。

 

☆ 意訳 (心理屋の勝手解釈)
 先生が言われました。
 立派な人であるためには、どっしりと腰を据()えた心穏(おだ)やかな態度が必要です。そうでないと、深みのない浮(うわ)ついた人間だということを見透かされてしまいますよ。しかし、重いと固くなり易(やす)いですから、思考の柔らかさや視野の広さを大きくもつためにも、確(しっか)りと勉強をしなさい。

 そして大事なことの一番は、仕事は真面目に、つまり自分の内には真心(まごころ)と思いやりをもって、人に対しては責任感と誠意をもって仕(つか)えるようにする、ということです。自分自身は以上のよ

うなことを心掛けて、そうでない怠惰(たいだ)で安逸(あんいつ)な生活に引き込もうとするような友達とは、縁を切りなさい。よろしいですか。

 それからもう一つ。間違ったことをしてしまったときにば、過ちを認めて正すことを躊躇(ちゅうちょ)したり、恥じて隠そうとしたりしないで、素直に認めて直ぐに改めればよいのです。

 

☆ 補足の独言

 孔子は一般論は言いません。今対話している相手にとって必要なこと、望ましいことだけを言っています。それを一般論つまり誰にでも適用できるものととると、とんでもない誤解が生じてしまいます。この章もその典型的なものと考えられます。これが孔子の信条だとしたら、孔子は偏(かたよ)った融通(ゆうずう)の利(き)かない堅物(かたぶつ)だ、ということになってしまいます。それはあり得ないことです。孔子の信条は「中庸」ですから。

 この内容から推測すると、ここで孔子に忠告されている弟子(でし)は、軽薄でええ加減で勉強嫌いで、怠惰な友達と連(つる)み、責任逃(のが)れの言動が屡々(しばしば)見受けられるような人物かも知れません。

 「君子重からざれば則ち威(い)あらず」のところは、真面目で重すぎる弟子に対してであれば、「君子重きに過ぎれば則ち威(い)あらず。少し肩の力を抜きなさい。そうすれば心にゆとりが生じて、大人物らしい雰囲気が出て、より威(い)が大きくなりますよ」とでも言うのかな、と思います。

 「己(おのれ)に如(し)かざる者を友とすること無かれ」もそうですね。これを字義通りに解釈すると、駄目(だめ)な人間を否定する選民(せんみん)思想的差別意識、となってしまいます。そうなると、論語全体を貫(つらぬ)いている「博愛(はくあい)思想」と完全に矛盾することになってしまいます。

 また、字義通りに考えると、孔子に匹敵(ひってき)するような人物が果(は)たして何人いるのか、という疑問が湧いてきます。これでは孔子は孤立してしまうことになってしまいます。また、弟子の中で一番優秀な顔回(がんかい)は、孔子しか友にできない、ということになります。それに「三人行えば必ず我が師を得(う)」(述而第四の二十一章)ということとも矛盾してきます。

 孔子の言葉は、「お前の友達との付き合い方は、ただ怠惰に安楽をむさぼっているだけで、自分の為にも友達の為にもなっていないぞ。先づは自分を立て直してから、友達を助けてあげなさい」という意味にとる可きではないでしょうか。