2 為政第二 18

Last-modified: Tue, 08 Jun 2021 11:17:07 JST (1061d)
Top > 2 為政第二 18

☆ 為政第二 十八章

 

 子張學干祿 子曰 多聞闕疑 愼言其餘 則寡尤 多見闕殆 愼行其餘 則寡悔 言寡尤 行寡悔 祿在其中矣

 

 子張(しちゃう)、干禄(かんろく)を学ぶ。子曰く。多く聞いて疑はしきを闕(か)き、慎(つつし)みて其の余(よ)を言へば、則(すなは)ち尤(とがめ)寡(すく)なし。多く見て殆(あやふ)きを闕き、慎(つつし)みて其の余を行へば、則ち悔(くい)寡(すく)なし。言(げん)に尤(とがめ)寡なく、行ひに悔寡なければ、禄(ろく)其の中(うち)に在り。

 

☆ 意訳 (心理屋の勝手解釈)

 子張(しちょう)が、「詩経」の中に出てくる「干禄(かんろく)」の話の序(つい)でに、現実に「禄(ろく)を干(もと)める」には如何(どう)すればよいのでしょうか、と先生に尋(き)きました。

 先生は言われました。

 引き立ててもらうためには、自分が信頼に足る人物だということが伝わらなくてはなりません。そのために必要なことは、「言(げん)」と「行(ぎょう)」です。

 先づ必要なことは、先輩やそのことに詳しい人達から、できる限り沢山聞いて情報を集め、知識を増やすことです。そしてその中から、これは確かだと思えるもの以外は総て捨て去らねばなりません。それで残ったものだけを慎重に控えめに言うようにすれば、非難されることは少なくて済むでしょう。

 次に必要なことは、先輩やそのことに詳しい人達の行いを、できる限り沢山能く観て、危なっかしく思える行動は全部切り捨てて、残りの確かな行動だけを能く考えて控えめに行うようにすれば、後悔しても後(あと)の祭りだ、という羽目(はめ)に陥(おちい)ることも少なくて済むでしょう。

 言ったことで非難されることが少なく、やったことで後悔することも少ないようでしたら、仕官(しかん)の道(就職)は、何もしなくても向こうからやってきてくれます。

 今貴方は就職活動のことで頭が一杯かも知れませんが、今言ったことは、最も大切な君子の道でもあります。古(いにしえ)の聖人の教えを確りと学んで、その君子としての言動が実践できたならば、非難されることも後悔することも少なくて、自(おの)ずから道は開けていくものです。

 

☆ 補足の独言

 いつの世も老人の愚痴(ぐち)は「今時(いまどき)の若い者は」という言葉のようですが、子路、子貢、顔回達、孔子初期の弟子達と、晩年の弟子、孔子と四十八歳も離れている子張との感覚の違いには、うーんと唸(うな)るものがあります。

 学問を学びに来て、只管(ひたすら)にそれを身につけようとする第一世代。それに対して、学問を学びに来ている筈(はず)なのに、現実的合理的な損得や論理で納得しようとする第三世代。実践の学には、心の大きな立派な人になって、世の中の役に立つように自分を鍛えていく、という目的があります。大事なのは理屈ではなく、慈愛を持ってこの目的、信念、善を貫くことです。というのが、美事な理論理屈を展開する孔子の信念であるように思われます。

 「詩経」の「邪(よこしま)無き純な心の世界」を体験しているときに、就職するためには如何すればいいですか、等(など)とは、第一世代の人ではとても尋けないことでしょうし、もし彼等がそんなことでも言い出そうものなら先生の方も、何が大事か解っているのか、と嘆いて叱ったことでしょう。

 しかし孔子のこの第三世代に対する対応は驚きです。先生はきっとこの質問に対しては、隔世(かくせい)の感を強く感じていることでしょう。それを受け容れて、彼の、勉強からは外(はず)れた要望に対して、その要望を満たす回答を与えながらも、それがそのまま学に結びついていくように導いている、と思われて感動を覚えるのです。