4 里仁第四 19

Last-modified: Thu, 14 Oct 2021 17:14:21 JST (932d)
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☆ 里仁第四 十九章

 

 子曰 父母在 不遠遊 遊必有方

 

 子曰く、父母在(いま)すときは、遠(とほ)く遊(あそ)ばず。遊ぶこと必(かなら)ず方(はう)有り。

 

☆ 意訳 (心理屋の勝手解釈)

 先生が言われました。

 親には、心安らかに居てもらうように心掛けることが一番大切なことです。親は、我が子の幸せを一番に願い、我が子の不幸や災難を何よりも恐れています。家から離れて遠くに出かけるということは、如何(どん)な危険や災難が待ち受けているか知れたものではありません。命が奪われることも屡々(しばしば)です。親よりも先に死ぬということは最大の親不孝ですね。これほど親を悲しませ苦しめることはありません。それに、親に何かあったときに、遠くにいては間に合わない、という事態も生じかねません。ですから、親が存命の間は、親から遠く離れて親に心配をかける、ということにならないように、遠征はできるだけ避けるようにする可きでしょう。

 然し、どうしても行かなければならないときには、行き先を詳しく叮嚀に知らせておいて、親の心配を極力少なくしてあげるように心掛ければ善いです。

 大切なことは、親が安心して暮らしていけるためには、子として如何ある可きか、ということを常に考えて実践することです。

 遠くへ行かなければ善い、のではありません。親に安らぎと喜びを少しでも多く与えられるように努力すること、これが「孝」なのです。孝も、仁や礼楽と同じく、決して形ではありません。「孝とは、親に心を砕(くだ)くこと」と言っても善いでしょう。

 

☆ 補足の独言

 孔子は若い頃、学に志してからは、文献を求めて各地を渡り歩いたがために、母の面倒をちゃんと看てあげることができなかった、という後悔の念が強くあった、という説があります。その反省からこの言葉は出てきているのかも知れませんね。然し、若しそうだとしたら、孔子がこの孝を実践していた場合、勉強不足になって今の孔子は存在しない、てなことになっていたかも、と思うのは、私が小人だからですね。