5 公冶長第五 25

Last-modified: Wed, 24 Aug 2022 14:01:45 JST (618d)
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☆ 公冶長第五 二十五章

 

 子曰 巧言令色足恭 左丘明恥之 丘亦恥之 匿怨而友其人 左丘明恥之 丘亦恥之

 

 子曰く、巧言(かうげん)、令色(れいしょく)、足恭(すうきょう)なるは、左丘明(さきうめい)之を恥(は)づ。丘(きう)も亦(また)之を恥づ。怨(うらみ)を匿(かく)して其の人を友(とも)とするは、左丘明之を恥づ。丘も亦之を恥づ。

 

☆ 意訳 (心理屋の勝手解釈)

 先生が言われました。

 言葉を巧みに操って皆を成る程全くその通りだ、と感心させるが、実践が伴っていない、とか、一見してとても爽やかで信頼も置けそうなのに、心が伴っていない、とか、慇懃で恭順な風に見えるのだけれども、何処か不自然な態(わざ)とらしさがあって、誠意に欠けている、というような人達の在り方を、先輩の左丘明(さきゅうめい)は、それはとても恥づかしいことであって、そんな生き方は決してしたくない、と言っていましたが、この私丘(きゅう)(孔子の名前)も左丘明と全く同じ考えで、そのような生き方は恥づ可きことであり、決してそうは在りたくないと思っています。

 それともう一つ、左丘明は、怨みや怒りといった嫌悪感を懐(いだ)いているのに、それを隠して如何にも信頼厚き友であるかの如く振る舞う。このような偽善を、媚び諂(へつら)いと同じこととて恥ぢて毛嫌いしていました。私丘も全く同じ思いです。

 左丘明は、偽善を徹底的に嫌ったのです。その場を、事勿(ことなか)れ、と自分の身を案じて取り繕(つくろ)い、丸め込んで誤魔化すのではなく、自分の心に正直に行動し、信念を貫くことをこそ善しとしたのです。

 

☆ 補足の独言

 春秋左氏伝(左伝)の著者と見做されている左丘明と同名のこの人物が何者なのか、全く解っていないそうですが、同じ魯国の先輩であろう、という説を採用しました。立派な人として有名であった左丘明が、自分と同じ考えを持っている、ということが(恐らく若い)孔子にとっては、力強い味方を得た大きな喜びであったのではないでしょうか。